Veterinarian's interview

インタビュー

患者である動物たちと飼い主さんの苦しみを少しでも和らげられたら、それが私の喜びとなります 患者である動物たちと飼い主さんの苦しみを少しでも和らげられたら、それが私の喜びとなります

患者である動物たちと飼い主さんの苦しみを少しでも和らげられたら、それが私の喜びとなります

どうぶつ耳科専門クリニック

杉村 肇院長

どうぶつ耳科専門クリニック

杉村 肇院長

2014年に、国内で初の耳科専門の動物病院として開院した「どうぶつ耳科専門クリニック 主の枝」。ハイレベルな知識と技術が求められる専門医として日々診療を行う杉村院長に、開業に至るまでのお話や自身が考える獣医療の展望を伺った。

contents 目 次

淡路島で開業するまで

私は神戸の出身で、元々は、ただ漠然と「良い大学に入りたい」という夢しか持っていませんでした。進学のために黙々と勉強をする毎日でしたが、高校2年生の夏休み、岡山県の蒜山(ひるぜん)で酪農実習にたまたま参加する機会がありまして。その時、牛の獣医さんの仕事を目にして衝撃を受けたことで、産業動物の獣医師になりたいという目標を抱くようになりました。

生来、動物もアウトドアも好きだったので、そういう牧歌的な環境で仕事をできたらと考えていたのが、具体的な形となったわけですね。

そして進路を変更して、獣医学部のある大学に入学。1984年~1985年、獣医学の研修に行ったドイツやオランダの大学で、ペット医療にも興味を持つようになりました。それ以来、家族の一員として人間のすぐそばにいるワンちゃんやネコちゃんへの治療を本格的に始めて、今に至ります。

この淡路島の地で開院したのは、1988年のこと。父の出身地であり、ゆかりがある土地だったことと、これも自分のアウトドア好きから、都会で暮らすよりは、自然が身近にあるところで暮らしたいと思ったのが理由でした。ゆったりとのどかな環境は、医療にも良い影響を与えていると思います。

全科診療から専門診療へ

最初は普通の全科診療として動物病院を開業していましたが、当時から、様々な症例で遠方からも患者さんが来てくれました。

中でも特に耳に関しては、中耳炎や外耳炎など非常に難しい症例が多くて。その時には治療法がわからないものもあったので、文献で調べたり、国際セミナーに参加したりしているうちに、例えば中耳炎に関して、外科手術を行うことなく鼓膜を切開して治療する方法を習得していくようになり沢山の患者さんたちの容体を良い方向に持っていくことができるようになりました。

そんな事情もあったので1992年あたりから、特に耳に関しては比較的力を入れて診療していたんです。しばらくは、耳科を得意とする一般の動物病院としてやっていましたが、2014年12月、耳の専門医として新しいクリニックを開院する運びとなりました。

専門性の高い知識と経験を持っていますので、普通の動物病院ではなかなか治りにくい症例に関しても、なぜ治りにくいのか、これからどのようなケアをすれば良いのかなど、なるべくわかりやすくお聞かせできるということから、今まで以上に多くのお問い合わせをいただいております。

専門医として研鑽を積む

まず耳科専門ということで仕事をする以上は、医療レベルもなるべく高く保ち、患者さんにできる限りのことをしてあげたいと思っています。そのためにも、とにかく“研鑽(けんさん)”というところには力を入れていますね。

ヒト(人間)はほかの動物と体の構造は、全然違うし、例えば外耳炎などの発症の病理も異なっていますので、全てが応用できるわけではないのですが、ヒトの治療法は動物にも応用が利くことがあります。

ですので、ヒトの耳科学会にも全日程出席して、技術や知識を参考にさせてもらったり、医科大学に聴講に行ったり、文献を読み漁ったりと、その辺にはかなり時間を割くようにしていますね。やはりヒトの医療のほうが研究が進んでいますので、獣医師だからといって枠を作らず、幅広く勉強することで理解も深まるし、応用が利いていくと思っています。

なぜ今、高度な動物医療が求められるのか

昔から、罹患している動物たちの数自体は変わらなかったんだろうと思います。30年くらい前まで、ほとんどのワンちゃんは外で飼われていて、その役割も番犬という意味合いが強かった。

しかし今では、家族の一員としてヒトと一緒に暮らす場合が多くなりました。これはネコちゃんも同じで、様々な理由から、家の中だけで飼われることも一般的になっています。

暮らしを共にしていると、飼い主の方も家族の一員としていつも身近にペットを見ているので、その変化によく気づかれるんですね。この子はいつも耳を気にしているとか、よく頭を振っているとか、耳を見たら汚れが目立つとか、ニオイがするだとか。

だから今まで以上に、その子たちを何とかしてあげたいという気持ちが、飼い主さんの中で大きく湧き起こるのだと思います。
そういうお声にはお応えしたいですし、ワンちゃん、ネコちゃん、動物たちが辛い思いをしていて、そこから開放してあげる術を自分が持っているなら、その術を提供してあげられたら嬉しいと思います。

耳科専門ならではの苦労も

動物たちは治療の間にじっとしていることができませんので、少し込み入った症例の患者さんのほとんどに麻酔が必要になってきます。麻酔なしでの検査や治療は動物たちに「恐怖」や「苦痛」を与えることになりますし、ヒトより複雑な構造をしている動物たちの耳を時間をかけて丁寧に処置することを考えても現実的ではありません。

麻酔をするにあたっては、前もっての綿密な健康診断から始まり、その上で麻酔、それからの検査、治療になるので、一件あたりの処置時間がすごくかかってしまうというのが、今の悩みです。もちろん全ての患者さんに最高水準の丁寧な医療を提供し続ける必要があるのですが、一方で、他にも多くの患者さんが待っていることを思うと、もどかしい気持ちですよね。

広域から来院される患者さん

治療の際は、なるべく声をかけるようにしたり、怖がっている子には「怖がらなくてもいいよ」という気持ちで接するように心がけています。技術においては、できるだけの技術を提供し、飼い主さんには、なるべくわかりやすく丁寧な説明をさせていただきます。

当たり前のことなのですが、これらの姿勢に共感や期待を持ってくださり、近畿圏、北陸、四国、中国地方などから片道数時間かけて来院される患者さんもいらっしゃいます。また、例えば九州など、物凄く遠方からのお問い合わせなんかもよくあるんですよ。そんな方に関しては、来院はやはり難しいのでアドバイスをさせていただくことにとどまってしまいますが。時間をかけてでも頼ってきていただけるというのは、嬉しい反面、身の引き締まる思いがします。

記憶に残るエピソード

とあるワンちゃんは、昼も夜もずっと寝てばかりだったそうです。飼い主さんは、それもその子の特性で、大人しい性格なだけなんだと考えていたのですが、そのうち、かなり深刻な耳の病気を持っていたことがわかって、それで来院し治療を受けられました。

回復したときには、今までの様子が嘘のように活発になりまして。今まで行こうとしなかった2階へも自ら階段を上り下りしたり、散歩中に近所の人から「元気になったね」と声をかけられるくらい、表情自体が凄く明るくなったんです。

動物たちは、耳を患っていてもその症状を表現することはありません。しかしそんな話を聞くと、実際それだけ辛かったのだろうなということがわかりますよね。 実はワンちゃんには、耳の病気が進んだことで、外耳道と呼ばれる道がほとんど塞がってしまう事例が多々あります。ヒトの場合はそれを“耳閉塞感”といって、倦怠感の酷さから、耳鼻科に通いつめる方もかなりいらっしゃいます。

彼らの症状はきっと、頭痛や他の痛みであったり、眩暈であったり、もしくは耳鳴りのようなものを感じているかもしれません。それらを表現することはない一方で、元気になった子がそれだけの変化をするということは、患っていた時いかに辛かったのかというのが想像できます。

そんな苦しみに対して自分の技術が生かせるのは、とてもありがたいことだと感じています。

早く気づいてあげることが第一

ある統計では、ワンちゃんの病気別に多いのが、皮膚に次いで耳となっていました。それくらい耳の罹患率(りかんりつ)は高いんですが、幸いなことに適切な処置をすればほとんどの場合比較的早く治ることが多いと思います。早い段階で近所の獣医さんなどにかかってもらえれば、そこまで深刻な状態にはならないんですね。

しかし、慢性化していたり、気づかないうちに、より重症化しているケースはどうしてもありますので、そんなときは、なるべく早く当院などにお連れいただきたいと思います。

動物たちが耳の症状に対して出しているサインにも、よく注意をしてあげてください。頭をよく振るとか、耳を痒がるとか、もしくは顔を近づけてみると耳が臭うとか。意外と中耳炎が慢性化している子って多いんですよね。当院に来る患者さんも、もっと早く気づいてあげられていればここまで深刻にならなかったのに、という子が多いです。

放っておくと、どんどん進行してしまうので、少しの変化も見逃さず、気になることがあったら受診することをおすすめします。

「主の枝」の名にこめた思い

私はクリスチャンのはしくれです。自分に信仰を与えてもらったこと自体にも感謝しているし、生活も仕事も信仰のおかげだと思って、全てに感謝の気持ちを持って毎日生きていきたいという気持ちがあります。

「主の枝」というのは、神様が「木」、自分を「枝」に例えて名づけさせていただきました。単なる「枝」に過ぎない自分は、その木から樹液(力)をいただいて、自分なりの精一杯の仕事をさせていただく。だから、自分が誰かのためになることや、良いことができたからといって、自分を誇るのは違うと考えているんです。それは「木」である神様からいただいた恵みによって、なさせていただいたという、そんな立場を忘れず持ち続けたいという思いです。

杉村先生のこれからの展望

当院には、他エリアの動物病院の先生からも、見学に来たいというお話を沢山いただきます。しかし、まだ私以外に耳科専門の人には出会ったことがありません。世界的に見ても、アメリカに耳と皮膚を専門とした動物病院はあるそうなのですが、やはり耳専門は聞いたことがない。まだあまり例がない挑戦だからこそ、自分がここで道を開いていく意味があると思います。

私はたまたま経験を積んでいたため、この道を選んだ経緯がありましたが、きっかけや経験もなく、すぐに専門医としての仕事ができるわけでもないので、耳科専門の動物病院というのが全国、そして世界で広がっていくのは、まだ時間がかかるのかもしれませんね。

こうして耳科専門として様々な症例を診ていくと、ただ治療をするだけではなくて、動物たちは耳を患うことでどんな苦痛を感じているのだろうか、また、その回復のためにはどういうケアをすれば良いのだろうか、ということを想像して、わかってあげられるというように、動物医療自体を根本的に見直す必要があると痛感します。

今までは、この見方について時間をかけて考えている人があまりいなかったようですから、国内で初めての耳科専門医として自分のできる範囲で啓蒙、啓発していけたらなと考えています。実際、日々の診療で経験した様々な事例を、耳を研究する研究会や学会で発表することも始めつつあります。

飼い主さまへのメッセージ

日頃、動物たちはあまり“辛い”という感情を表現しません。なので、なるべく深刻にならないうちにご連絡をいただいて、診療させていただきたいのです。何度近所の動物病院に行っても、症状が続く、治ったと思ってもぶり返す、などという場合も、専門医にしかわからない症例かも知れません。

まずは、飼い主さんは日々愛情深く接して、ワンちゃん、ネコちゃんの様子をしっかり見ることが第一です。

何か気になったこと、お困りのことがあれば、電話で良いので、遠慮なく、気軽に当院に相談してください。患者である動物たち、そしてそれを見る飼い主さんの苦しみを少しでも和らげられることがあるならば、私にとってもそれは喜びだと思います。