Veterinarian's interview

インタビュー

無麻酔と非抜歯をモットーに動物に負担をかけない歯科治療に取り組んでいます 無麻酔と非抜歯をモットーに動物に負担をかけない歯科治療に取り組んでいます

無麻酔と非抜歯をモットーに動物に負担をかけない歯科治療に取り組んでいます

花小金井動物病院

林 一彦獣医師・歯学博士

花小金井動物病院

林 一彦獣医師・歯学博士

獣医療の各分野において、一つの専門科目のみに特化して診療を行う動物病院は国内でもその数は少ない。その稀有な存在の一つである花小金井動物病院は、動物の歯科分野の治療を専門的に行う医療機関である。
重度の違いはあれ、口腔内に何らかの問題を抱えている犬は多く、3歳以上の成犬の歯周病罹患率は80%以上とも言われている。この病院で獣医師・歯学博士 を務める林一彦先生は、獣医師であるとともに歯学博士でもあり、「口腔内疾患」の一点にターゲットを絞ることでその専門性を限りない高みへ押し上げている。 自身が長きに渡り研鑽を積み重ねてきた歯科医療について、多くの動物を受け入れる病院のあり方について、医療現場の第一線から林先生の言葉をお届けする。

contents 目 次

本日はよろしくお願いいたします。まず、林先生が獣医師を志したきっかけからお聞かせください。

獣医師を目指している若い皆さんと同じですね。動物が好きだとか、人とのコミュニケーションが苦手とか(笑)。若い頃からそのような具合でしたので、牧場で牛たちと生活できればそのような仕事も良いなと思っていましたよ。ただ、やはり獣医師の道に進むことを決定づけたのは、親戚に医者や歯医者、薬剤師が多かった家庭環境ですね。そのような環境で育ち、動物が好きなのだからこれは獣医師になるしかないと思っていました。

大学で獣医学を学んだ後は、ちょうど世間的にも歯学部や医学部など新設大学が増えている頃でしたので、お世話になった教授に誘われて大学の歯学部へ就職して研究などを行いました。初めのうちはそこを2、3年で辞めようかと思っていたのですが、イギリスのブリストル大学歯学部に留学する機会にも恵まれたために腰を落ち着かせてしまい、気が付いたら41年間勤めてしまいました。

こちらの病院は歯科専門として診察を行っていると伺っています

当院のように歯科専門として歯の治療と予防に特化した動物病院は全国でも他には無いかもしれません。何故私が歯科専門で診療しているかというと、それしかできないからです(笑)。

獣医師の場合は基本的に全科診療を行うため、単科診療を標榜している獣医師は国内にはまだまだ少ないのが現状であると思います。臨床経験上、治療分野の得意不得意が分かれているだけでエキスパートがいない現在の状況は決して望ましいものではないと思っています。他のことはやりません、わかりませんと言えるくらいの専門性が欲しいなと思っています。

私の場合は開業の際に歯科以外のことはやらないと決め、それに特化する方針をとったわけです。職人さんの世界も同じように、一つのことに集中してそれ以外には手を出さないというのがプロフェッショナルの条件で、自分の仕事にプライドを持つことが大切ですね。

人間の歯科治療にも共通する部分はあるのでしょうか?

人間の歯と犬の歯は大まかには同じ構造をしていると言えますが、形状は全く異なります。そのような観点では全く異なるという見方もできます。そのことを理解していないと動物の歯科治療はできませんし、共通した要素についてもそれを犬に合うようにモディファイして治療してあげなければいけません。人間への治療方法をそのまま犬に当てはめても上手くいかないということです。

病気の話をすると類似性のある病気は歯周病だけで、それ以外の病気は人間と犬とで大きく性質が異なります。顔の形も食べているものも違うのですから、病気も同じというわけではありません。肉食の動物は口の中に原因菌がいないので虫歯もなく、食べ物に由来する遺伝的なものがあるのでしょうね。口の中に虫歯の原因菌がいるかいないかは食性によるものなんです。

やはり、来院が多いのはワンちゃんの患者さまですか?

そうですね。比率で言うと犬が9割、猫が1割といったところでしょうか。

先ほどお話しした理由もあり、治療の殆どは犬の歯周病です。歯周病の治療は人間と同じくスケーリングによる歯石除去と洗浄・貼薬がメインになります。もちろんその処置を行えば100%歯のグラつきを収められるわけではありませんが、そのような処置で一般的には抜かなければいけないという歯の半分以上は抜かずに済ませることができます。

猫の場合は口内炎の治療が多いです。猫の口内炎は原因がまだよくわからず有効的な治療方法が見つかっていないのが実状ですので、治療は対症療法が主なものになります。一般的には猫の歯を抜いて対処することが多いようですが、当院では基本的に歯は抜いてはいけない、持って産まれたものを抜いたりすることは宜しくないという考えを持って治療にあたっています。抜かなければいけない状況というのは、手をつくして治療を行い、最終的にそれしか手段がなくやむを得ないという時だけです。初めから抜くことを前提に治療を行うのはいかがなものかと思いますね。

抜歯を可能な限り避けるという姿勢は、飼い主さまにも喜ばれる部分ではないでしょうか?

単純に考えて、ご自分が口内炎で歯医者へ行って「歯を抜きましょう」と言われたらどう感じますか?皆さん拒絶したくなると思います。犬や猫だって同じなんですね。ですから当院へはペットの歯を抜きたくない飼い主さまが多くいらっしゃいます。当院はそのような患者さまに応えるためにも抜かない治療を心がけますし、常に勉強していないとそれもできないですね。また、歯がないと舌が外に出てしまうために乾燥を引き起こし、それが原因となって他の問題を引き起こす可能性があるためという理由もあります。

麻酔をなるべくかけないように努めている理由についてお聞かせください

方針として麻酔をかけずに歯科治療を行っていますが、殆どの子は嫌がらずに治療を受けてくれますよ。中にはすごく嫌がって噛み付いてくる子もいますが数百匹に一匹くらいの割合ですね。皆さんが想像するほど嫌がらずに治療を受けてくれますし、ストレスも感じていないように思います。動物への歯科治療を行う際に全身麻酔をすることが一般的に多いようですが、全身麻酔をする方がリスクも高く動物へのストレスになると思います。

歯周病治療は腫瘍などの外科手術とは違うので、麻酔が覚めた後に何もできなくなってしまう全身麻酔はしない方がよいと思うのです。犬が治療を嫌がることは承知の上で、どのように接すれば大人しく治療を受けてくれるのかを工夫していくべきなのです。厳密に言えば麻酔をしない治療というよりも、どう治療すべきかをまず考えて、それに対して麻酔の必要性を二次的に考えていけば良いことなのです。

動物たちがおとなしく治療を受けてくれる理由は、病院の雰囲気や先生のお人柄かもしれませんね

当院は、初診で怖がっているような子も二度目からは自分から診察台へ乗り尻尾を振るような病院を目指してきましたし、動物たちが大人しく治療を受けてくれるようにするノウハウはあります。当院では年間に4~5000匹の治療を行いますので、だいたい1日に25匹くらいになるでしょうか。そういったノウハウがなければそれだけの治療は行えませんよ(笑)。

動物病院では治療のノウハウと保定のノウハウ、その他いろいろなノウハウが全部揃っていなければなりませんし、これに関しては当院スタッフ全員に徹底的に指導しています。動物病院だから動物たちを不安にさせないようにすることが大切ですよ。注射で痛い思いをしても行くのが嫌じゃないなと思って貰えるように扱うことが重要だと思います。

口腔トラブルの予防と早期発見のためにすべきこと

飼い主さまによれば、ペットの口の中の異常に気が付くきっかけは口臭によるものが多いようですが、口臭を感じ始めた時には既に症状が進行してしまっているケースが多く、それ以上の悪化を止める治療が主になってしまいます。 そうならないためにも、普段から口の中をチェックする習慣を身に着けたいものですが、口の中を覗かれることを嫌がるのでチェックできないという飼い主さまは多くおられます。しかし厳しいことを言ってしまうと、それは躾ができていないということなので、小さな頃から口を開ける練習をしておけば嫌がらずに見せてくれるものです。

私はドッグトレーナーの団体に講習をすることも多いのですが、子犬の段階でお座りやお手、吠えないようにするという躾だけではなく、口の周りを触ることに慣れさせる練習をしてくださいと伝えています。一般のご家庭でも、子犬の頃から歯磨きを習慣化し、大人になっても良好な口内環境を保っていけることが理想ですね。