Veterinarian's interview

インタビュー

動物たちがどんな症状を抱えていても、私たちがさじを投げることは決してありません 動物たちがどんな症状を抱えていても、私たちがさじを投げることは決してありません

動物たちがどんな症状を抱えていても、私たちがさじを投げることは決してありません

日本小動物がんセンター

小林 哲也センター長

日本小動物がんセンター

小林 哲也センター長

躍進の著しい近代獣医学をもってしても今なお不治の病とされ、多くの動物たちの死亡原因としてその名が挙げられる腫瘍(がん)。埼玉県所沢市にある日本小動物がんセンターでは、そんな腫瘍を抱えた動物達に希望を与える駆け込み寺として、日々の治療に取り組んでいる。飼い主はもちろん、多くの獣医師からも信頼を得るこの病院でセンター長を務めるのは、国内腫瘍内科学の権威でもある小林哲也先生だ。
ドイツの偉人ビスマルクの言葉や孫氏の兵法を例えに用いたお話は非常に興味深いもので、穏やかに話す言葉の一つ一つには、長らく腫瘍の専門医として辣腕を振るってきたからこその重みが感じられた。

contents 目 次

初めに、小林先生が現在の専門性を高めたスタイルで治療を行う様になった経緯をお聞かせください

大学6年生の時に就職活動を兼ねて幾つかの病院に伺った後、さらに自分の思い描く理想の場所を求めて海外の環境も視野に入れるようになりました。そして米国の獣医学教育の環境が、当時多感な時期であった私の胸を強く打ったのです。

日本国内の大学で行っている教育は、国家資格を取るための勉強という意味合いが強く、臨床医になる為のトレーニングは卒業後に現場で積むという定説があります。そのトレーニングをよりシステマチックに行える場所を探した結果、見つけたのが米国の大学の研究室でした。学生の頃から専門性の高い高度医療のことを考えていたわけではなく、全ては自分の理想を突き詰めていった結果だと思います。
「この場所で得たものを日本に持ち帰ろう」という気持ちだけを抱いていましたが、何年か後に専門医制度の存在を知り、チャレンジしてみたくなったのです。

専門で行っておられる腫瘍内科学について伺います。具体的には腫瘍にどういったアプローチで治療を行うのでしょうか

腫瘍内科医はその動物が抱える症状に対する戦いにおいて、どのタイミングで、どのレベル(強度)の治療を、どの順番で投じるかをコントロールする司令塔となるポジションであり、 状況を総合的に俯瞰で判断する目線が重要になってきます。治療そのものを直接行うことは意外と少なく、それについては人に頼んでばかりです(笑)。

腫瘍学は日本にいた頃から興味があった科目で、絶体絶命の状況にある動物やご家族に対しても「Can I help you?」と声をかけることができる点に魅力を感じています。また腫瘍を患っている動物は他の疾患を併発しているケースが多く、腫瘍学は外科、内科、放射線など全てを含めた総合的な医療を行う必要があります。

獣医がん臨床研究グループ(JVCOG)の設立に関わられたそうですが、設立の動機などをお聞かせください

ドラッグラグという言葉をご存知でしょうか。簡単にご説明すると、海外で開発されたお薬が日本で使えるように承認されるまでの時間差のことです。これが長ければ長いほど、最終的にお薬を必要とされる方に大きな負担がかかります。

獣医がん臨床研究グループ(JVCOG)設立のきっかけであり目的は、輸入薬のドラッグラグを最小限にすることと、同時に新薬の開発の加速化にあります。最近はJVCOGというグループの認知度が上がってきたことで、ヨーロッパ・アメリカ・日本の国々で同時に治験を行い、日本でも同時に承認をしていこうというプロセスを、世界が認めてくれるようになりました。また製薬会社の方々は必ずしも臨床に携わっている方ではなく、具体的にどうして良いかわからない場面も多くあります。そのため私たちがキーオピニオンリーダーとして積極的に開発に関わることで治験プロセスの加速化を図り、良いお薬を日本で承認・開発してすぐに使用できるように環境を整え、がんという不治の病に対しての治療の質を向上させていきたいと考えています。

研究内容はその他にも、診断・治療に関して基礎系の先生が築き上げたものをいかに臨床の現場に活用するかという橋渡し、いわゆるトランスレーショナルという部分についてのリサーチを行っています。

治療の入り口である検査について、二次診療施設ならではの検査方法や院内環境として特徴的なのはどのような点でしょうか

全ての診断にそれぞれの科目のスペシャリストがいることです。全ての部門の検査の精度を可能な限り100%に近づけているというわけです。

単純計算ですが、90%の精度でも0.9を何度も掛け算していくとそれは限りなくグレーに近い数字になってしまいます。検査の精度は極めて100%に近くなければ、最終的なアウトプットが正しくなくなってしまい、治療が間違った方向に進む恐れがありますので、最初の検査・診断については、多くの子で丸二日かけて徹底的に調べています。戦に例えると偵察機を沢山飛ばして、相手が敵かどうか、勢力はどのくらいか、敵陣の地形、自軍の有利な状況を分析し、自軍の数、タイミング、攻め方などを具体的に練っていくわけです。

現在の環境は国内で治療を行う上で思い描いている理想と言えるもので、非常に信頼できる先生方に集まっていただいています。私達がこの施設を開設した際、様々な垣根を取り払い最高の医療を提供する場所を作ろうという一つの信念を抱いていました。その結果、様々な大学や機関の先生方がこの場所に集まり、皆で良い治療を行うことが今も続いているのです。

これまでに出会ってきた動物たちの中で、特に印象に残っている子はいますか?

一番初めに抗がん剤治療を受け持ったワンちゃんですね。私が24歳の時のことです。特に難しい症例という訳ではありませんが、全てのことが初めてでドキドキでした。エリーというバセットハウンドの子で、高齢の子でしたが寛解まで治療を行いました。

その時のお気持ちは今でも先生の支えになっているのでしょうか?

うーん…。どうでしょうか(笑)。私はサイエンティストとして、経験には学ばず歴史に学ぶという姿勢を心がけています。

成功体験を自信に繋げることは良いことですが、失敗を引きずってしまうと、その少ない症例や拙い経験によってのみで物事を判断してしまいがちです。ネガティブな経験は尾を引きやすいですが、自分の経験がマイナスのものだからといって、将来も同じだとは限りません。メンタルを強く持って続けていく姿勢が大事だと考えています。

後進の先生方の育成にも尽力されていると伺っています

そうですね。まず2011年から日本獣医学専門医奨学基金(JFVSS)の理事として、グローバルな視点を持って未来の専門医を支援する活動を行っています。

次に日本全国に足を運び、現地の先生方へのレクチャーを年間150件ほど行っています。この活動により、私だけでは手が届かない場所の動物たちを助けてくれる方が増えてくれたらと考えています。
あとはこの病院の中、つまり私自身の目の届く場所で行う教育です。勤務している先生の他にも、当院では外部の獣医師の研修も受け入れています。腫瘍内科医なので治療そのものというよりは、考え方を学びに来ているという要素が大きいです。

様々な場所でご活躍されていますが、小林先生がご自身の活動の中で主眼を置いていることや、やりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?

ここまででお話ししたように、私の活動は大きく分けて臨床・研究・人材育成の3つですが、どれも同じように興味を持って取り組み、やりがいを感じています。臨床はもちろん、動物が元気になる、それによってご家族が元気になる様子を見られると何より嬉しく思います。臨床とはそれ以上でも以下でもなく、ご家族と動物をハッピーにさせたいという気持ちは、大学を卒業した頃から何も変わっていません。

研究は先述したJVCOGに加えて、当院内でも臨床研究を行い、今までになかったエビデンスを作ることに注力しています。当院で行っている研究は一貫性を持たせ、エビデンスとしての質の高さを重要視しています。

最後に、腫瘍を抱えた動物をお連れの飼い主さまへのメッセージをお願いします

一つ覚えておいていただきたいのは、私達はどんな症状の動物に対してもさじを投げることは決してないということです。腫瘍に対して行う治療は大きく分けて根治と緩和があります。根治はがんを駆逐するという当初念頭に置く治療ですね。ところが、腫瘍によっては転移してしまったり、薬が効かなくなってしまったりといった理由で、根治が困難な状態に陥ることがあり、その際はシームレスに繋がっている緩和治療に切り替えることになります。

最後の最後まで、動物のためにできることはあります。それは食事を食べさせること、痛みを和らげること、がん以外の苦しみを取り除いてあげることなど様々で、その動物が少しでも快適に過ごせるよう工夫を怠らず、動物たちの生活の質を保つために最大限の努力を行っています。