contents 目 次
- 獣医師を志したきっかけ
- やりがいを感じる時
- 印象に残っている出来事
- 腫瘍に対する検査・診断の内容について
- 実際に診療する機会の多い腫瘍の種類
- 人と動物の腫瘍の違い
- 診療の際に飼い主さまから潜在的な情報を引き出すために心がけていること
- 実際に行う機会の多い代表的な治療方法
- がんの予防について効果的な方法や、普段の暮らしの中で飼い主さまが気をつけておけること
- 腫瘍科診療の今後について
- 飼い主さまへのメッセージ
初めに、井ノ口先生が獣医師を志したきっかけについてお話を聞かせてください
小学生の頃に犬(クイーン)を引き取ったことが動物と深く関わり合う最初のきっかけとなり、動物が好きになりました。それまでは散歩中の犬や野良犬に噛まれて病院に行ったこともあったため、その頃を知る方々には犬嫌いにならなかったことに感心されています。
直接的なきっかけとしては、高校生の時に家族の一員として生活していたクイーンが他界したのですが、ちょうど進路に迷っていた時期であること、新しく引き取った犬は自分で診てあげたという思いが重なり獣医師を志すようになりました。
実際に獣医療の現場に身を置く中で、やりがいを感じる時はどんな時でしょうか
病気の治療によって動物が元気になること、そして飼い主さまに喜んでいたけることが一番のやりがいです。
動物は何が辛いのか自分で伝えることができないため、飼い主さまからの稟告や動物の臨床症状から病気を鑑別することが必要になります。また、前述の情報だけでは診断が困難な疾患や併発する疾患が多い場合、どのような検査が必要か考え、それぞれの検査によって得られた情報から病気の診断をして適切な治療方法を選択する必要があります。そのため、診断に苦慮する病気の情報を集めて診断を付け、治療して病状が改善した時の達成感はなかなか味わえるものではありません。
これまでのご経験の中で印象に残っている出来事はありますか?
臨床獣医師としてこの仕事をしていると、様々な飼い主さまや動物と出会うことができ、楽しい出来事もあれば、病気や寿命でのお別れといった辛い経験をすることもあります。
持病を患ってしまった動物には、飼い主さま・動物・獣医師で協力して治療をすることになるのですが、残念ながら最期という時は来てしまいます。それ自体は悲しい出来事なのですが、その飼い主さまがまた新たに動物を迎えて病院に足を運んでいただき「また先生に診て貰いたくて」と言っていただけると大変嬉しく思います。
また、私の結婚式の映像演出の際に多くの飼い主さま方からお祝いコメントをいただいたことは忘れられません。
井ノ口先生は腫瘍科診療について、深い見識をお持ちと伺っています。獣医療において、腫瘍に対する検査・診断はどのように行われているのでしょうか。
腫瘍は通常なら腫瘤(しこり)を形成するので、身体検査で触知することや画像検査で検出できることが多いです。例外として、腫瘤を形成しない血液細胞腫瘍のように診断のため血液検査や骨髄生検が必要な腫瘍もあれば、原発不明がんのように腫瘍の原発巣の検出自体が困難なものもあります。
腫瘤(しこり)が検出された場合、発生部位、単発性or多発性、年齢、動物種などの基礎データや針生検といった簡易的な細胞検査の結果から腫瘍の鑑別診断リストを作製します。以上の結果のみで診断および治療方針が得られる場合は、そのまま治療に進みますが、そうでない場合は補助的検査の追加や組織検査を実施します。
犬・猫は種が違うため、同じ腫瘍でも予後が全く異なるものもあり、例えば乳腺腫瘍について、犬は良性腫瘍の割合が多く、悪性であったとしても早期の手術により完治できることがあります。対して、猫は悪性の乳腺腫瘍が8割以上を占め、挙動も悪いことが多いため、手術時に転移がみられない場合でも術後に転移病変が出てくることがしばしばあります。そのため、検査手技自体には動物種による違いは多くはないのですが、腫瘍疫学についてはよく勉強しておく必要があります。
一言で腫瘍と言っても様々な種類があるのですね。実際に診療する機会の多い種類はどういったものでしょうか?
腫瘍とは「自己の体内に存在する細胞が、自律的に無目的にかつ過剰に増殖する状態」と定義され、全ての細胞が腫瘍化する可能性を持つため、発生由来の細胞の種類の数だけ腫瘍の種類があることになります。
犬では乳腺腫瘍、肥満細胞腫、リンパ腫の順に発生が多く、猫ではリンパ腫、体表腫瘍、乳腺腫瘍が多いとされています。また、犬の口腔内では悪性黒色腫が多いなど発生部位ごとに好発腫瘍が異なります。
人間に発生する腫瘍と動物のそれとには違いはあるのでしょうか。
現在、犬猫の死因の第1位は人と同様に「がん」となっています。動物医療の発展や飼育環境の変化により以前と比べて動物が長生きするようになったことが要因です。発生率や死亡率については一概には言えず、乳腺腫瘍一つとっても、犬では悪性が40~50%、猫では80%といったように動物種が違うと腫瘍の挙動も異なります。
しかし、動物は人と比較して加齢速度が速いため、症状の進行も早く、悪性度の高い腫瘍の場合、発見時点での進行度が早期だとしても半年持たないことも多々あります。
飼い主さまも気づいていない症状や不調もあると思うのですが、潜在的な情報をどのように引き出されているのでしょうか。心がけていることがあれば教えてください。
動物も人と同様に高齢になると腫瘍だけでなく様々な疾患を患うようになります。いずれにおいても体調の悪化は起こりうるため、腫瘍による特異的な症状を聴取により判断することは困難です。
そのため、身体検査のみで腫瘍性疾患なのかその他の疾患であるのか判定が難しい時は、血液検査や超音波検査、レントゲン検査など複数の検査を組み合わせて原因の究明をする必要があります。その検査結果から腫瘍の可能性が考えられる場合は、疑われる腫瘍が引き起こす病態(腫瘍随伴症候群)が現れていないか聞き取りを行います。腫瘍によっては特徴的な症状が出るものもあり、その情報が診断の際に役立つこともあります。
実際に行う機会の多い、代表的な治療方法はどういった内容でしょうか。
「がん」治療として最も一般的な治療法には外科手術、化学療法(抗癌剤)、放射線治療などがあります。「がん」の治療とは、腫瘍細胞の数を減らすことであり、動物への身体的負担が少なく、かつ腫瘍細胞の減数効果の高い治療が優れた治療法といえます。
しかし、動物では手術などにより「がん」を完全摘出できた場合を除き、完治することはほとんどありません。そのため、「がん」を早期に発見し、早いステージで外科的摘出することで最も高い治療効果が見込めます。
「がん」の発生部位によっては手術自体が困難なことや、手術は可能だが術後の機能障害が重度になると予測されることがあります。また、進行度合いによっては手術後に他の治療方法を組み合わせる必要があったり、手術が不適応になることもあります。そのような場合、化学療法・放射線療法やその他の治療により腫瘍細胞の増殖を抑制することが必要となります。
がんの予防について効果的な方法や、普段の暮らしの中で飼い主さまが気をつけておけることがあれば教えてください。
動物の腫瘍の予防で最も効果的なのは不妊手術になります。特に、雌では発情回数が増えるにつれて乳腺腫瘍の発生率が上昇するため、初回発情前の不妊手術が勧められます。雄においても、肛門周囲腺腫という良性腫瘍が男性ホルモンに関連して発生することがわかっています。また、卵巣・子宮・精巣の腫瘍も防ぐことが出来ます。
他の腫瘍の誘発要因として、猫(特に白猫)では日光により皮膚の扁平上皮癌が引き起こされることが知られているほか、免疫抑制剤の長期服用でも、腫瘍の発生率が上昇する可能性があります。また、人でのタバコやアスベストによる肺癌の発生率上昇と同様に、動物でも汚染物質によるがんの発生率上昇は生じ得るため、生活環境にも注意が必要です。
腫瘍科診療はこれからどのように変化していくでしょうか。井ノ口先生のお考えを聞かせてください。
獣医療における「がん」治療も日進月歩で、医療技術の発達により手術適応範囲は拡大し、放射線治療の精確性も向上しています。また、免疫療法などの補助療法に関する情報が増加したことで、以前と比べると治療の選択肢が広がっています。
特に、ここ数年で新たに発売された分子標的薬は、腫瘍細胞に特異的に作用を発揮することが期待されるため、従来の抗がん剤と比較して重篤な副作用が少ないことが特徴となります。適応となる腫瘍は限定されますが、先端医療施設でないと実施不可能な治療などと異なり、一般の動物病院で行えることも大きなメリットだと考えています。
そのように様々な治療法が続々と報告されていますが、まだまだ腫瘍を治療する上で十分と言えるものはありません。そのため、今後も新たな知見が出るたびに、知識・技術のアップデートを行っていくことが不可欠となります。
最後に、このページをご覧になる飼い主さまへメッセージをお願いします
当院では腫瘍疾患だけでなく、一般診療やウェルネスケアも大切にし、皆さまとご家族の一員である動物たちが心身共に健康な生活が送れるようお手伝いできればと考えております。 スタッフ一同、ホスピタリティの精神を持ち、笑顔あふれる病院となるよう心がけてまいりますので、お気軽にご来院ください。
また、動物医療を通じて命の大切さの浸透を深め、思いやりのある社会の実現に貢献したく存じますので、何卒よろしくお願い申し上げます。