Veterinarian's interview

インタビュー

一生現場に立ち、難治性の病気に苦しむ動物と飼い主を、臨床や研究を通じて救いたい 一生現場に立ち、難治性の病気に苦しむ動物と飼い主を、臨床や研究を通じて救いたい

一生現場に立ち、難治性の病気に苦しむ動物と飼い主を、臨床や研究を通じて救いたい

公益財団法人 日本小動物医療センター 小動物消化器センター

中島 亘センター長

公益財団法人 日本小動物医療センター 小動物消化器センター

中島 亘センター長

驚異的なスピードで発展を続ける小動物臨床の中でも、原因不明の病気は多く存在する。
それは消化器疾患についても同様。国内屈指の二次診療機関である公益財団法人 日本小動物医療センターの小動物消化器センターでは、その名の通り消化器分野にターゲットを絞った専門医療を行っている。
消化器科科長を務める中島亘先生は、内科医として、内視鏡医として、診断と治療の方向性の判断を行う重要なポジションを担い、臨床研究にも日夜心血を注ぐ。朗らかで時に笑いを交えるユーモアを持ちながらも、「一生現場に立つ」という言葉の中には、飽くなき探求心と情熱を感じ取れた。

contents 目 次

まず初めに、中島先生が消化器科分野の診療を行うようになったきっかけについて、お話を聞かせてください

大学卒業後に研修医を経て一次診療病院で診察を行っていましたが、ある時臨床教員として大学に赴任する機会をいただき、専門診療の現場に身を置くこととなりました。その後、ある指導教員の先生から消化器の内視鏡の勉強をしてみるようアドバイスをいただいたことが、消化器科・内視鏡の分野に注力する直接のきっかけとなったのです。

おそらくその時は私の中に何らかの適性を見て勧めていただいたのだと思うのですが、その後何故その分野を勧めてくれたのかをその指導教員の先生に尋ねてみると、「そんなこと言ったかな…?」と言われてしまいました(笑)。

しかし、結果的に消化器科や内視鏡という分野は自分に合ったものだったと思っています。消化器疾患は診断が同じでも、治療がそれぞれの犬や猫によって異なることが多くあります。その子その子によって適切な食事が違いますし、適切な飲み薬も異なります。それぞれに合った治療内容を見つけていくのは、時にとても難しく、時間がかかることもあるのですが、根気強く治療していくことで良くなっていくことにやり甲斐を感じています。もちろん病気を治すことを目標にしていますが、完治できずに生涯付き合っていかなくてはならない病気も多くあります。仮に治らなくても病気とうまく寄り添うことで、 動物と飼い主さんが普通の生活を送れるよう、常に手を尽くしています。

飼い主さまの中には、獣医療に内視鏡検査や内視鏡処置があるということをご存知ない方も多いと思います

確かに、犬や猫にも消化管の内視鏡を行えることに驚かれる飼い主の方もおられるかもしれません。私が内視鏡に関して専門的な診療を始めて10年以上が経ちますが、以前は診断のために開腹外科手術が必要だった胃腸の病気も、現在は開腹手術を行うことなく内視鏡検査で正確に診断できることがかなり増えています。

また、治療として内視鏡を用いることも増えており、一部の胃腸粘膜のポリープやがんは内視鏡で切除・摘出できるため、開腹手術よりも動物の身体的負担や飼い主の経済負担を減らすことができるようになっています。多くの犬と猫の内視鏡検査は全身麻酔下で行いますが、ほとんどは日帰りであり、入院は必要ありません。また、我々は無麻酔での大腸内視鏡も行っており、動物にかかる負担をできるだけ軽減するようにしています。

それほど内視鏡が有用であれば、活躍する機会はかなり多そうですね!

胃腸の病気に対して内視鏡が有効なことは多いですが、全ての犬と猫にいきなり内視鏡検査を行うというわけではありません。内視鏡検査の前に様々な検査を行い、それぞれの動物にとって内視鏡検査を行うことが本当にプラスになるかどうかを慎重に判断するようにしています。

内視鏡検査前の検査としては、血液検査、便検査、X線検査、超音波検査(場合によってはCT検査など)など様々なものがありますが、それぞれの検査で明らかにできる情報がそれぞれ異なりますので、動物の品種、年齢、症状の重症度、これまでの経過などをみて、検査の組み合わせを変え、可能な限り最小限の検査で、動物に負担をかけないよう多角的な目線を持つように心がけています。また、内視鏡検査を行う前に試験的な治療を行うこともあります。食事療法によって下痢や嘔吐が良化することも少なくありません。食事療法で治ってしまえば、内視鏡検査は必須ではありません。

消化器科診療で実際に目にする病気にはどんなものが多いのでしょうか

我々の病院はなかなか治らない消化器疾患をもつ犬と猫を一次診療病院からご紹介いただく二次診療機関ですから、必然的に難治性の消化器疾患を多く診察します。

近年、診断・治療をすることが多くなっているのは、犬と猫の原因不明の慢性胃腸炎(慢性腸症)です。この慢性胃腸炎はおそらくなんらかの遺伝的背景が関連しており、食事や腸内細菌の影響を受けて発症すると考えられています。数週間以上の慢性的な下痢や嘔吐が続きますが、血液検査や画像検査だけで診断することはできないため、内視鏡検査を行い総合的に診断します。この病気は完治することなく、生涯に亘って付き合っていかないといけないことも多いため、長期に亘って苦しんでいる犬と猫と飼い主さんがたくさんいます。

また、この病気は標準的な治療で良くならない場合や、命に関わる転帰をたどる場合もあることが問題となっています。そのため、私たちはこの病気の原因、よりよい診断、新規治療について東京大学と共同研究を行っています。

胃腸に発生した腫瘍(がん)も診断、治療することが多い病気です。我々の日本小動物医療センターには腫瘍科もありますが、胃腸の腫瘍性疾患に関しては消化器科で担当しています。犬と猫の胃腸にはリンパ腫というがんが発生することが比較的多いのですが、このがんは胃腸に“しこり”を作らずにがん細胞が増え、画像検査では見つけることができないことが少なくありませんので、その場合の診断には内視鏡検査が必要です。近年、犬の原因不明の胃腸炎が時間の経過によってリンパ腫に変化する可能性も示唆されており、この病気に関しても研究を続けています。

そういった目に見えない動物の異常は、普段の暮らしの中で兆候を発見する手段があるのでしょうか?

胃腸など消化器の病気自体を身体の外から見ることはできませんが、病気のためにみられるサインを見つけることはできます。どんな病気も同様ですが、早期に診断して早期に治療することが非常に重要なので、飼い主さまに知っていただきたいことがあります。

外から見た動物の状態の変化は本当に重要で、例えば下痢が2週間以上続く、あるいは吐き気や食欲不振が1週間以上続く場合、何らかの病気が隠れている可能性が非常に高いと考えた方がいいです。体重の変化も非常に重要で、健康なときと比べて体重が 5%低下していれば要注意で、10%以上低下している場合には命に関わる病気が潜んでいる可能性も考えます。2週間以上の下痢、1週間以上の吐き気と食欲不振、5〜10%以上の体重減少の一つでも見られた場合には、お近くの動物病院に行って、スクリーニング検査を受けることをお勧めします。犬と猫は体格が小さいので体重減少がわかりにくいため、健康な時から体重を記録しておくことが大切です。

東京大学と共同で行っておられる臨床研究についても、お話を聞かせてください

新しい診断法や治療を見つけるためには病気の根本が何なのかを知る必要があるため、病気そのものを解明し、それに対する新たな診断や治療を研究する必要があります。臨床研究は私一人の力でできるものではなく、当センタースタッフ、東京大学の研究者の先生方、企業の方々と力を合わせています。

現在の私の主な研究疾患は蛋白漏出性腸症、原因不明の慢性胃腸炎(慢性腸症)、リンパ腫で、病態解明、新規診断法の確立、新規治療の確立などを行っています。研究結果は学会発表、執筆、学術論文などを通じて国内外に発表しています。

研究課題は何を基準に決めておられますか?

私は臨床医ですから、臨床の現場にフィードバックできる研究、臨床のための研究を行いたいという気持ちが強いです。自分が日々の臨床で困っている病気のことを研究課題にしています。私が困っていることは、おそらく日本の他の地域や他の国でも同じように困っている動物や飼い主がいるはずです。目の前の病気で苦しんでいる犬と猫と飼い主を助けることはもちろんですが、同じ病気で苦しんでいる世界中の動物と飼い主のために、少しでもお力になれればと思っています。

中島先生は後進の先生の育成にも積極的と伺っています。内視鏡の場合は、専門的な育成機関が存在するのでしょうか?

犬と猫の消化管内視鏡を専門的に行っている獣医師はごくわずかであり、世界的に見ても犬と猫の内視鏡の専門医制度は存在しません。そのため獣医師が消化器内視鏡の知識や技術を習得するシステムがないことが問題となっています。

今後は、我々が今まで培ってきた経験や技術を他の獣医師に伝える必要性を感じており、積極的に研修の受け入れ、講演や執筆などを行っております。公益財団法人 日本小動物医療センターは、農林水産省の研修認定施設となりました。他の病院に勤務されている獣医師の先生方の見学、研修などは今後もさらに積極的に行っていきたいと思っています。

セミナーの講師としてご活躍の機会も多いそうですね

臨床獣医師を対象としたセミナーで講師を多くやらせていただいています。セミナーでは「教える」というより、私が診療から得たたくさんの経験や情報をご紹介している感覚に近いですね。一次診療の獣医師は勉強しなければいけいないジャンルが多岐に渡っていますので、全ての分野の最新の情報を一人で常にアップデートするのは極めて難しいと思います。専門診療をしている私の経験を凝縮して、最新の海外の研究データとあわせて、より多くの先生方にエッセンスをお伝えしていきたいですね。

最後に、中島先生の今後の目標をお聞かせください

う~ん…目標はたくさんあるんですよね(笑)。

一番の目標は、現状の獣医療よりも少しでも良い獣医療を一つでも確立させることですね。難治性の消化器疾患で苦しんでいる犬と猫と飼い主を、診療と臨床研究を通じて救いたいと思っています。