【獣医師執筆】犬の避妊手術はするべき?時期や費用、メリット、デメリットなどを詳しく解説

【獣医師執筆】犬の避妊手術はするべき?時期や費用、メリット、デメリットなどを詳しく解説

2023/2/20

愛犬の避妊手術をするべきなのか、後悔はしないか、など、不安を抱えている飼い主様の声をよく耳にします。犬の避妊手術について正しく理解し、納得できる回答を見つけることが重要です。
今回は、避妊手術の時期や費用、メリット、デメリットなどを詳しく解説します。

獣医師
【執筆医】littlestar0218
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犬の避妊手術とは何をすること?

優しく抱かれているダックスフンド

避妊手術の目的

一般的な避妊手術の目的は、無計画な繁殖を防ぐための「永久的な避妊」と、卵巣、子宮、膣などの疾患を予防および治療するための「病気の予防および治療」です。

とはいえ、避妊手術に対する意見は「正常な体にメスを入れることに抵抗を感じる」「満たされない発情欲求は苦痛であるので、避妊すべき」など、賛否両論です。
様々な意見がある中で何を選択するべきなのか、迷う方も多いのではないでしょうか?
愛犬のために後悔のない選択ができるように、まずは避妊手術について、知識を深めることが大切です。

犬の避妊手術には、「卵巣摘出術」と「子宮卵巣摘出術」がある

犬の避妊手術には、卵巣のみを摘出する「卵巣摘出術」と、卵巣と子宮を同時に摘出する「子宮卵巣摘出術」があります。
米国では「子宮卵巣摘出術」、欧州では「卵巣摘出術」が多いとされています。
現在の日本では、米国と同じく卵巣と子宮を同時に摘出する「子宮卵巣摘出術」が推奨されています。

「卵巣摘出術」と「子宮卵巣摘出術」のメリットとデメリット

卵巣のみの「卵巣摘出術」で十分であるのか、卵巣と子宮を同時に摘出する「子宮卵巣摘出術」をすべきなのか、気になる方も多いかと思います。
卵巣摘出術も子宮卵巣摘出術も、両者にメリットとデメリットが存在します。
それぞれの手法の特徴から、メリットとデメリットについて比較検討します。

   

避妊手術の合併症である尿失禁は、「卵巣摘出術」の方が低リスク
犬の避妊手術後に、尿漏れになるという話を聞いたことはありませんか?
避妊手術後ホルモンバランスの乱れから、「卵巣摘出術」と「子宮卵巣摘出術」の両者ともに尿失禁を発症するケースがあります。
避妊手術後に尿失禁が発生する割合は、「卵巣摘出術」よりも「子宮卵巣摘出術」の方が高いという報告があります。
このため、尿失禁に関しては、卵巣のみを摘出する「卵巣摘出術」の方が優れています。

   

子宮蓄膿症の予防は、「子宮卵巣摘出術」を推奨
完璧な「卵巣摘出術」であれば合併症が少なく、子宮蓄膿症の発生もありません。ですが、もし卵巣の取り残しがあると、命の危険がある子宮蓄膿症を発症するリスクが高まります。

犬の卵巣は脂肪に覆われているため、手術中に卵巣を直視できない場合が多く、確実な卵巣摘出は困難であると言われています。仮に、目には見えないような卵巣の取り残しであっても、ホルモンの影響で、数週間以内に元の大きさに戻ってしまいます。取り残した卵巣が再生してしまうと、再び発情が訪れ、雌性ホルモンが関与している子宮疾患も発生する可能性が残ってしまいます。

これらの可能性を除去できるのが、万が一卵巣を取り残した場合でも病気の発症リスクを下げる「子宮卵巣摘出術」であり、推奨されています。

   

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避妊手術のメリット

A sleeping labradoodle puppy on a wooden floor

子宮、卵巣、膣などの、疾患の治療および予防が可能

卵巣疾患は卵巣腺癌、顆粒膜細胞種、子宮疾患は子宮腺癌、平滑筋肉腫、子宮蓄膿症など様々な疾患があります。
避妊手術では、病気の発生源である卵巣と子宮を摘出してしまうので、これらの病気を完全に防ぐことが可能です。
また、雌性ホルモンが関与する疾患やクッシング症候群、糖尿病などのステロイドホルモン依存性疾患の治療および予防にも効果的です。

   

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生理時の出血、偽妊娠などがなくなる

生理時の発情出血や乳汁分泌、巣作りや保育などの問題行動を示す偽妊娠に関する問題も解決できます。

   

このように、避妊手術における病気の治療および予防に関するメリットは、高く評価されています。

避妊手術のデメリット

Close-up of puppy with mother dog at home. Dog breastfeeding puppies. Puppies sucking breast with milk from his mom

全身麻酔のリスク

健康な犬であればリスクはとても低いですが、避妊手術は全身麻酔をかけて行うため、麻酔リスクは避けられません。たとえ事前に十分な準備をしても、原因不明な麻酔事故は全体の約0.25%(10000件のうち2.5件ほど)あるとされています。

尿失禁

避妊手術後の合併症である、尿失禁も一定の割合で存在します。
発症した場合は、内服薬による治療法があり、効果は様々ですが、おおむね日常生活に支障はない程度の状態を維持することが可能です。

妊娠できなくなる

当たり前ではありますが、繁殖に必要な臓器を摘出してしまうので、子犬は産めなくなります。繁殖を考えている場合はご注意ください。

「太りやすくなる」「性格が変わる」って本当?

避妊手術をすると「太りやすくなる」「性格が変わる」といった話を耳にしたことはありませんか?実際に、愛犬の避妊手術をした飼い主様のなかには、このように感じている方が多くいらっしゃいます。
飼い主様にとって、愛犬の肥満と性格の変化は、今後の生活に大きな影響を与える問題です。
それぞれについて、エビデンスがあるのか詳しく解説します。

食欲が増進し、生体に必要なカロリーが減少する=太りやすくなる

避妊手術後は、食欲抑制効果のあるエストロジェンの分泌がなくなるので、食欲が増進して肥満になりやすい傾向があります。
また、卵巣を除去すると生体に必要なカロリーが減少するため、避妊手術後も同じカロリーの食事を与え続けると体重が増加します。
このため、避妊手術後はカロリーオフのフードに変更して肥満対策をしましょう。

発情に関する問題行動は、改善する可能性がある=性格が変わったように感じるかも

避妊手術後に性格が変わったと飼い主様が感じるのは、おそらく発情に関する行動が変化したためと考えられます。尿マーキングや放浪などの問題行動改善には、避妊手術が有効なケースがあります。
ただし、問題行動を示した期間が長いと、反応性が悪いという報告があります。また、縄張り意識などの攻撃性に関する効果の詳細は、明らかにされていません。

避妊手術の適切な時期

Veterinarian team examining teeth and mouth of a sick Corgi dog.

3〜6ヶ月齢を推奨

十分に発育している「3〜6ヶ月齢時」に行うことを推奨します。
避妊手術の時期は、病気のリスクを考えると早い方が理想ですが、早すぎる手術は麻酔リスクを上げ、発育不良、尿失禁、排尿障害、免疫低下、行動異常、肥満といった、様々な合併症が生じる危険性があると報告されています。
また北米では、8〜14週齢の間に行う早期避妊が推奨されている一方、12週齢以前の動物への麻酔は、安全性に欠けるという報告もあります。

乳腺腫瘍は、発情の回数と加齢に伴って発生率が増加する

犬の乳腺腫瘍の発症率は、避妊した時期に大きく影響を受けることが知られています。
初回発情以前、2回目以前、2回目以降に、卵巣子宮摘出術を行った犬の乳腺腫瘍発生率は、それぞれ0.05%、8%、26%と、発情の回数と年齢の上昇に伴って増加します。
発情4回目以降に避妊手術を行った場合にも、年齢の増加とともに乳腺腫瘍の発生率が増加するので、4回目以降においてもなるべく早期の避妊手術が推奨されます。

   
品種や個体差によって差がありますが、犬の初回発情はおおよそ6〜15ヶ月齢であるため、これより早期の避妊手術が理想的です。

発情後は、発情出血から2.5〜5.5ヶ月後の「無発情期」に行うことを推奨

犬の発情は、陰部からの発情出血が開始の目印であり、開始から約18日間で終了し、その後約2ヶ月間の黄体期を迎え、無発情期に移行します。
発情中は、子宮や卵巣の活動が活発なために栄養を運ぶ血管が太くなり、手術中の出血リスクが上がるため、避妊手術は避けることが望ましいとされています。
また、発情後の黄体期は乳腺が発達している場合があり、手術によって乳腺を傷つけるリスクが高いため、発情終了後の約2ヶ月間の黄体期も、手術を避けることが推奨されています。

避妊手術の流れと注意点

Female dog owner signing pet surgery consent form at vet clinic, closeup. Panorama

基本的には開腹する手術のため、1泊〜2泊の入院を必要とすることが多いです。飼い主様も寂しい思いをするかもしれませんが、術創(手術時の傷口)の治癒と術後合併症の管理のためにも必要な入院です。
愛犬が1日も早く回復できるようにに、適切な術後ケアをしましょう。

では、避妊手術をすることを決意して動物病院へ行く場面から、実際の流れを具体的に説明します。

   

①動物病院へ避妊手術の相談と申し込み
避妊手術を行う際には、実施する動物病院の受診が必要です。あらかじめ、検査等で現在の健康状態を確認してから、手術を行います。当日にすぐ手術ということはありません。

   

②手術当日の朝、絶食絶水で動物病院へ
手術の日程が決定したら、手術日までは普段通りの生活をして大丈夫です。
基本的には当日の朝ごはんとお水は抜いて、動物病院へ向かいます。全身麻酔の事故防止のために、手術当日は絶食絶水を指示する動物病院が一般的です。万が一、手術日当日に朝ごはんを食べてしまうと、その日の手術ができなくなる可能性がありますのでご注意ください。

   

③退院し、自宅で術後ケアをする
一般的に避妊手術は、1泊2日もしくは2泊3日で退院となる動物病院が多いです。
避妊手術は開腹しているので、術後のケアは重要!愛犬が傷口を舐め壊さないように、しっかりと管理をしましょう。術創は、術後服やエリザベスカラーを装着し、傷が治癒するまで保護します。
散歩などの日常生活は、激しい運動を避ければ普段の生活通りで問題ありません。食事はカロリーオフのフードに変更し、肥満対策をしましょう。

   

④術創の確認と抜糸のために、動物病院へ
動物病院で術創の治りを確認し、問題がなければ抜糸をします。抜糸が完了したら、術後服やエリザベスカラーを外して大丈夫です。
シャンプーやトリミングは、抜糸後もう1週間程待ってから行うことをおすすめします。

避妊手術の費用

病院によって差がありますが、おおむね3〜5万円程度が多いです。

手術方法は、メスで腹部を切開する「開腹術」と、腹部に小さな穴を開け腹腔鏡という器械を入れて行う「腹腔鏡手術」があります。
「腹腔鏡手術」は、「開腹術」に比べると傷口が小さいという点が優れています。ただし、この手法は特殊な設備が必要なため、導入している施設は限られます。また、特殊な設備のため「開腹術」よりも費用が少し高めに設定されます。「開腹術」は、利用施設に制限がなく、費用が抑えられることがメリットとしてあげられます。

安全面では「開腹術」も「腹腔鏡手術」も差はなく、どちらも安全に行うことができます。
それぞれのご家庭にあった方法を選択しましょう。

補助金、ペット保険について

自治体によっては、犬の避妊手術に助成金が出ることも。ただし、助成金制度は数に限りがあることが多いので、早めに申請することをおすすめします。
また健康な状態での避妊手術は病気ではないため、ペット保険の補償対象からは除外されることが多いです。ただし、卵巣子宮摘出術が疾患の治療として行われる場合は、ペット保険で補償される可能性が高いです。

納得できる病院を選ぶために

左側をみつめているチワワ

避妊手術時の病院選びのポイントは、
・手術費用
・腹腔鏡手術を希望するかどうか

でしょう。
手術費用を抑えたい場合は、開腹術で行う病院に費用を問い合わせ、腹腔鏡手術を希望する場合は、腹腔鏡の設備があるか、まずは確認しましょう。

避妊手術は、手術手技の基本で、いうなれば臨床獣医師にとって必須スキルです。病院を開業している獣医師であれば、問題なくできる手技なので、どの動物病院で行なってもスキルに大きな差はないでしょう。

私個人的には、飼い主様が信頼できる獣医師にお願いすることが一番良いと考えます。

Q&A

避妊手術の有無で、犬の寿命は変わるのでしょうか?しない方がいい、後悔したという意見もあり迷います

健康な個体であれば、避妊手術の有無で寿命の変化はありません。ただ、繁殖の希望がなければ、避妊手術をすることで未然に防ぐことができる病気は多くあります。
避妊手術は全身麻酔のため、一定のリスクがあります。飼い主様が納得できるまで、かかりつけの動物病院さんとご相談されることをおすすめします。

若年で避妊手術をしたら、成長に影響はないのでしょうか?

病気の予防のことを考えたら早期に避妊手術を行う方が良いですが、早すぎる手術は麻酔リスクを上げ、発育不良、尿失禁、排尿障害、免疫低下、行動異常、肥満を招くなど様々な合併症を生じると報告されています。
12週齢以前の動物への麻酔は安全性に欠けるという報告があるため、安全に避妊手術を行うためには3〜6ヶ月齢時に行うことを推奨します。

手術後、丸1日経過しても愛犬が辛そうです。痛みはどのくらいでおさまるものでしょうか?

通常の場合は、手術翌日であれば痛みはほとんどありません。愛犬の具合が悪そうであれば、何かしらのトラブルが発生している可能性があります。手術した動物病院へ受診されることをおすすめします。

手術後はフードを変更した方が良いのでしょうか?

避妊手術後は、食欲抑制効果のあるエストロジェンの分泌がなくなるので、食欲が増進して肥満になりやすい傾向があります。
また、卵巣を除去すると生体に必要なカロリーが減少するため、避妊手術後も同じカロリーの食事を与え続けると体重が増加します。
このため、避妊手術後はカロリーオフのフードに変更することをおすすめします。

犬の避妊手術の、体力的な限界はありますか?

避妊手術は、全身麻酔をかけられる状態であることがポイントです。高齢であっても検査で異常がなく健康であれば、全身麻酔をかけることは可能です。疾患があり体力が低下している個体では、手術は難しいと考えられます。

犬の避妊手術は、日帰りでできますか?

一般的に避妊手術は、1泊2日もしくは2泊3日で退院します。避妊手術は全身麻酔をかけてお腹を切っているので、しっかりと術後管理をする必要があります。
愛犬の入院は、飼い主様も寂しい思いをするかもしれませんが、術創の治癒と術後合併症の管理のためにも必要な入院です。このため、避妊手術を日帰りで行う動物病院は少ないと思いますが、避妊手術を行った動物病院の指示に従うことをおすすめします。

犬の避妊手術後の、安静期間はどのくらいでしょうか?

避妊手術は開腹しているため、1泊から2泊の入院としている施設が多くみられます。この入院期間で、自宅に戻って通常の生活を送ることができる程度にまで回復します。
退院後自宅に戻ってからの生活は、激しい運動を避ければ普段通りの生活をして問題ありません。食事や散歩は今まで通り行ってください。ただし、シャンプーやトリミングは、抜糸後さらに1週間程度待つことをおすすめします。

まとめ

Young woman wearing a pink coat, playing with her adorable brown spanish water dog on the seafront of Gijon in the north of Spain on a cloudy summer day. Having fun, relaxed afternoon. Lifestyle


犬の避妊手術についてまとめました。一般的な避妊手術の目的は、無計画な繁殖を防ぐための「永久的な避妊」と、卵巣、子宮、膣などの「病気の予防および治療」です。
避妊手術の時期は、3〜6ヶ月齢時に行うことを推奨します。病気のリスクを考えると早い方が理想ですが、早すぎる手術は麻酔リスクを上げ、様々な合併症を生じると報告されています。
病院選びのポイントは、手術費用と腹腔鏡手術を希望するかどうかです。手術について、不安や疑問がある場合は、信頼できる獣医師に相談し、ご自身の納得のいく答えを見つけましょう。

   

<参考文献>
Gary England Angelika von Hemendahl. 小動物の繁殖と新生子マニュアル第二版. 学窓社.
Itami T, et al. Association between preoperative characteristics and risk of anaesthesia-related death in dogs in small-animal referral hospitals in Japan.Vet anaeth analg.

Theresa Welch Fossum. Small Animal Surgery Third Edition. interzoo.

獣医師
【執筆医】littlestar0218

一次動物病院にて飼い主さまに寄り添った医療を、二次動物病院にて最先端の医療、そして希少症例や様々な疾病を学んできました。 鳥類臨床研究会に所属するなど、犬猫に関わらず動物全般に深い見識を深めています。

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